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コボットが考える木の家

木の家をつくる

カラダ健やかに、ココロ安らかに、長く愛着を持って住める木の家

住んでいる家のせいで病気になるなんて、 根本的に何か間違っている。

住んでいる家のせいで病気になるなんて、
根本的に何か間違っている。

「もっと便利に」「もっと快適に」を追いかけて走り続けてきて、ふと気がついてみると人も地球も病んでいた。これが現代の文明社会の正直な姿でしょう。最も安らぐことのできるはずの我家で、その家が原因で病気になるなんて、こんなバカな話はありません。 誤りの原因は、「人間は動物であり、自然界の一部である」という根本的な認識を忘れたことでした。経済効率優先、コストダウン指向の発想が、これに拍車をかけました。技術が人間を忘れて走ったのです。 「戦後生まれたものでいいものはひとつもない」とまで言い切る学者もいます。石油をもとに、次々と生み出された新素材は、表面的な使いやすさ、小ぎれいさの裏に、得体の知れない不自然な性質や、ときには有害性を持っていました。それに気づいた時、我々はすでにそれになじみ、そしていつのまにか身も心も深く犯されていたのです。
しかし今からでも遅くはない。早く発想を切り換えて行動しなければなりません。まず何よりも生きることの原点である住居の正しいあり方を取り戻しましょう。 本当に心身ともに健康に暮らせる家をつくりましょう。

  20〜30年しか持たない家をたてるのは、 地球資源と個人資産の大損失だ。

20〜30年しか持たない家をたてるのは、
地球資源と個人資産の大損失だ。

もうひとつ問題なのは、使い捨ての考え方です。次々と新型が出て、古いものをほうむり去る。その結果は、資源不足と廃棄物の山です。どちらも根は同じところにあるのです。
多くの人にとって一生で最も高価な買物である住宅については、使い捨てという意識はないかもしれません。しかしお手軽な材料とコスト優先の結果、新築の家がわずか20年~30年あまりで、腐ったりサビたり傾いたりして捨てられてしまっています。
1300年ももっている法隆寺は特別としても、昔の家は何代にもわたって住み継がれたものです。何百年もの歴史を持つ民家が、今も現役で使われている例も珍しくありません。新しいものほど、早く寿命が来る。これはやはりどこか間違っているのではないでしょうか。しかもその家は、使い捨てていいほど安いものにはなっていないのです。これはお金の使い方としても大きな問題です。健康にいい家をしっかり建てて、正しい知識と技術によって、2倍も3倍も長持するよう工夫しましょう。大切な自然素材を使った大切な我家。せめて百年の風雪に耐えぬく強い家にしましょう。

「木の家であること」がまず絶対条件。 それをいかに強く長くもたせるか。

「木の家であること」がまず絶対条件。
それをいかに強く長くもたせるか。

「木の家であること」がまず絶対条件。それをいかに強く長く持たせるか。
人が住む家の前提条件は、まず心身になじむ天然素材の家、もっとひらたく言えば、木の家であることです。動物としての人間にとって、まずこれだけは外せません。
その上で、高温多湿の条件下で腐らないようにすること。これはひとえに床下の通気・換気にかかっています。それも電気などに頼らない自然の換気をはからなければ、二酸化炭素などの環境問題の解決になりません。
また毎年のようにやってくる台風、いつ突然襲われるか予測のつかない地震などの自然災害にも備えが必要です。そのための補強も百年住宅を念頭に考えれば、百年以上もつものでなければ意味がありません。
最近では、建てる人の意識も変わりつつあるようで、目に見えない構造部分にお金をかけるようになってきています。床下換気や家の補強に手を抜いて、構造材である土台が腐ったり柱が釘でさびて傷ついたりしたら、手直しは二度とできないのですから。
幸いなことに科学は、いい素材も創ってくれました。これまでにない新しいアイデアや製造技術も生まれました。そして本当に木の家のよさを理解した補強金物の登場によって、これからの時代を生きる「木の家百年」が実現可能になったのです。

木の家百年を実現するために

設計者、施主、施工者の深い理解と信頼が必要です。

施主

家族の生命や健康のために
プラスαのお金を出す決意と覚悟を。

木の家百年住宅を実現するには、建てる時にこれまでの家よりも少し費用がかかります。しかしこれは家族が安全に健康に毎日暮らすためのオプションです。しかも100年間を総決算すれば決して損ではありません。豪華な装飾品よりもこういうことにしっかりお金をかける意思をはっきりと示してください。

施主

100年後に残る作品をつくるために
手間を惜しまないプロ意識を。

木の家百年住宅を建てるには、めんどうな手間のかかる仕事も多くなるでしょう。しかしそうして建てた家が、住む人に安全や健康をもたらし、しかも100年後にまで残るとすれば、こんなやりがいのある仕事はありません。かかった手間代はもちろん堂々と請求してください。いいものには時間とお金がかかるのです。

施主

住文化の担い手、住宅の専門家として
最善をつくす努力と責任を。

間取りや仕上げには注文の多い施主さんも、構造や素材に関しては、ほとんど知識がありません。だからこそ設計者の方には住む人の健康・安全と家の寿命を最大限に考えたプランを提案してあげていただきたいのです。もちろんプラスαの費用がかかることも説明して十分に納得してもらうことも必要です。

便利さや効率よりも、
健康や生命が大切です。
長年住む家こそ、それを実践する場です。

効率最優先で走ってきた社会がいま大きな曲がり角にさしかかっています。家のように寿命の長いものはよほど先を見越して考えなければなりません。家をつくる関係者すべてに、原点に戻った本当にいいものをつくろうという志が必要な時です。みなさまの深い理解と信頼とご協力をお願いします。